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映画 Archive

『ストロベリーショートケイクス』

510f5833.jpg5年前、『tokyo.sora』という映画に出会った。
東京で一人暮らしをする4人の女のコ……女性というよりも「女のコ」と呼びたい、ごくごくふつうの、だけど心の中に何かしらの影を抱いているひとりひとりの日常の物語だった。
そんな4本の細い線が一瞬近づき交わる瞬間を描くがために、丹念に、日常を端折らずに積み重ね物語にしていく石川寛監督のスタイルは、僕の中で本当に新鮮なものだったし、僕の写真のつくりかたととても似ていると感じた。
音楽もセリフも少ない。そこにある空気に、4人の主人公のいる空間に、多くを語らせている。だからこそ、いとおしく、少し痛くて、異性の眼で見たものであっても、僕の、僕たちの物語だと思うことができたのだ。今も僕のベストムービーである。

『ストロベリーショートケイクス』に、同じ想いを重ねながら僕は見た。
『blue』に続く、魚喃キリコ原作漫画の映画化。彼女の、背景を極力排し繊細な線で描かれた作品には、余白が多い。そこには、若い女性……というよりも、若者そのものの儚さや一縷の希望が垣間見える。

この物語も、20代の4人の女性が主人公だ。

(続きはネタバレがあります……)

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ドイツの短編映画を見る。

道立近代美術館の『FIX・MIX・MAX!』本展会場は、展覧会だけじゃない。
この土・日と、館内の講堂ではドイツの短編映画祭『ジャーマン・ショーツ KURZ & GUT ||(クルツ・ウント・グート 2)』も開催中。僕はドイツ映画と言うと、統一期の社会の変動をコミカルに描いた『グッバイ、レーニン!』くらいしか見たことがなく、しかもドイツの短編なんてめったにお目にかかれない。でも、内容を見てみるとなかなかのラインナップなのでぜひ見てみたいと、土曜の朝一番と夕方最後、2つのプログラムを見てみた。

『行くか残るか』……こちらはドイツが抱える社会問題に切り込んだシリーズ。
と言っても決して堅くなく、むしろアグレッシブに描いている印象があった。
敏腕銀行マンがある日出会ったホームレス。毎日小銭をあげるうちに、なんと彼は銀行マンの愛車を洗車し始めて……。温かなヒューマンドラマと思いきや、そこには日本でも顕著になった格差の問題が見えてくる、『小銭』。
ドイツのある地方都市、楽しみもなければ仕事もない。都会に仕事を見つけ、ふるさとを脱出しようとする男がバスを待つ時間を描く『脱出!』など、ドキュメンタリー風ではない、時にはアクションムービーのような見せ方だったり、時には恋愛映画を思わせる演出だったり。

『近くと遠く』……こちらは純粋なドキュメンタリームービー。
とにかく映像は淡々としている。でも、そのどれもがムダのない美しさに満ちていた。
かつての東独の秘密警察の機密文書が、切り刻まれた状態で発見された。その文書を復元するため、無数の断片をデスクに並べ、そのかたちや色から分類し、次にパズルのように合わせていく。気の遠くなる作業を黙々と続けるスタッフたちの姿を、ナレーションもBGMもなしで撮り続ける『東独国家保安省文書復元についての教材用映画』。
ここは東京、井の頭線の渋谷駅。終電間際だろうか。電車のドアには、向こうが見通せないくらいの乗客が群がる。しがみつく。さらに駆け込んでくる。顔をしかめたビジネスマンが、遊び帰りの女性が、押し込まれていく。駅員が笛を吹く。さらに突進してくる乗客。最後は4人の駅員が”尻押し”をして、ようやく扉が閉まる。電車が動き出す。
“痛勤ラッシュ”と呼ばれる東京の混雑は、世界にも例がないらしい。東京人の避けられない日常をワンカット、長回しで撮り切った『東京のある水曜日の夜』は、僕も10年近く使っていた駅だけに他人事ではなかったのだけど、幅2mほどのドアにこれでもかとしがみつく人の群れに、思わず笑いを抑えられなかったのだ。ドイツ人には果たして、”痛勤”はどんなふうに見えたのだろうか。

この他にも、”愛”をテーマとした『ユーアンドアイ』、異なる世代間のギャップと共存にスポットを当てた『若者と老人』。
明日も上映されるので(くわしくはこちらを参照)、できれば残る2つも見たいと思う。


『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』

45ce3bd5.jpgおととしの3月、札幌に移って初めての個展『たちどまり、またあるき。』(於・宮田屋豊平店ギャラリー)に来てくださったある知人が、こう感想を言ってくださった。
『アンリ・カルティエ=ブレッソンのようだね』。

アンリ・カルティエ=ブレッソン。”決定的瞬間”で知られる写真家である。
世界中を旅した彼の許には必然のようにシャッターチャンスがやってきて、彼はそれをことごとくものにした。
僕は街を歩き、旅をして、ふと感じたものごとにカメラを向け撮っているだけですよ、と言った。すると彼は、『そこに意味があるんですよ』。
その当時あまりピンと来なかったその言葉が、最近実感として少しずつ分かるようになった来たように思う。

ブレッソン自らが語り、日本でもファンの多いエリオット・アーウィットなど友人たちの証言や、そして彼の膨大な仕事の中からセレクトされた作品がスクリーンを彩るドキュメンタリー映画が、札幌でも現在ようやく公開されている。
パリの彼の書斎で、身振り手振りを交えながら、とても90歳を越えたようには見えない元気な姿で、とにかくうれしそうに作品を手に語るブレッソン。
ポートレートも、街の光景も、そのひとつひとつに動的なエッセンスがある。いや、動いている。
彼の最も有名な作品に、「サン・ラザール駅裏」と題された一枚がある。水たまりを飛び越そうとして全然足らず、男の左かかとが水に着こうとしているその瞬間を写したもの。夏前にテレビ『美の巨人たち』でこのエピソードが取り上げられていたが、ブレッソンの頭の中には完璧な構図……、プリントが上がったときのイメージがすでにちゃんとあったのだという。

『写真は、眼と心と身体で照準を合わせて、撮ったらスッと消えるのさ』。
撮られる側に極力カメラの存在を感じさせないで、でもレンズの向こう側に誰よりも迫ろうとするブレッソン。間違いなく懐の深い人なんだろうと作品を見て勝手に思っていたのと全く同じ彼が、スクリーンの中で語り、笑い、好きなクラシックをリズムを取りながら聴いては『いい曲だろ?』と問いかける。
彼のような写真を撮りたいと、もちろん思った。でも、それ以上にこんな人に写真を撮られたい!と思った。think gardenのカウンターでコーヒーを飲んでいる僕、とか(笑)。

ブレッソンは3年前のこのインタビューで遺言を残したかのように、翌年・2004年の8月、95歳で永眠した。
彼は最後にこう語った。
『(自らの作品を前に)例えて言うならゲップのように(苦笑いするブレッソン)、不意に記憶が蘇ってくるんだ/写真はずっと死なない。僕が死んだ後も、生き続ける。』

そうなんだ。写真は、残っていく。
残したい、伝えたい。だから、撮る。だから、いま、僕の眼と心と身体とで、撮る。
僕は僕のスタイルで、これからもカメラと一緒に歩き、旅し、見つめ続けていけばいいんだ。
ブレッソンのひとことひとことが、そう思わせてくれる。とても僭越だけど。

あの時、『ブレッソンのようだね』と言ってもらったことは、その瞬間ももちろんうれしいことだったけど、たとえ僕が死ぬまでブレッソンの足元には決して及ばないかも知れなくとも、たくさんの方々のおかげでこうして作品と発表のフィールドを広げつつある今、改めて誇りに思うことである。

これまた僭越ながら言わせてもらえば、どこまでも気さくで、そしてどこまでも偉大な先輩。写真のチカラを信じた先輩。
僕も写真を撮る人として、ブレッソンのように、自らの信念に恥じないものを、一枚一枚重ねながら生み出していきたい、心からそう思う。

*『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』
 札幌ではシアターキノにて、22日(金)まで。11:30 / 20:05


『ぼくを葬る(おくる)』

d1fec571.jpg人間はいつか、その生涯を終える時が来る。
人によってその時は遅く訪れ、また一方でそうでないことも、現実にある。
ただ、その後者を、しかも31歳の若きフォトグラファーが、突如として受け入れられるのだろうか。
これは、その最後の3ヶ月の物語である。

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『最終兵器彼女』を見た。

e3a9e046.jpg去年チラリとロケ現場(といってもその時は撮っていなかったのだけど……)を見てきた『最終兵器彼女』がいよいよロードショーになった。初日に見に行ってしまいました……。

まず、まさにあの時立っていた旭展望台や小樽商業高校、北運河の製缶工場の橋からいままさにこれを見ているステラプレイス、さらには僕たちが毎年夏の終わりに開いている「小樽・鉄路・写真展」会場すぐ側の公園……知ってる場所がどんどん出てきてそのたびにそこにもちろん惹かれたのだけど、何よりあくまで原作をなぞりながらも映画らしい独自の表現を作り出していたかな、と思う。

(つづきは多少のネタバレがあります……)

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onedotzeroに刺激を受ける。

34289b34.jpgonedotzeroという、ロンドン発信のショートフィルムフェスティバルがある。札幌でも5年目を迎えるそうで、1日に会ったkさんの友人が運営に加わっていることもあって、会期中唯一の休みの今日(といっても、手前で書いた大谷短大の写真展&インタビューを挟んで鑑賞したので5本のプログラムのうち2つだったけれど)、見に行くことができた。

まず午前中に見たのが、「都市」をテーマにした作品群。
最初からいきなり目を奪われた。スチール写真で撮った世界中の道が一秒に2コマくらいのスピードで変わっていき、大陸の一本道がいつしか都会に入り、庭園の中や家の廊下、地下鉄やトンネル、マーケットを抜けていきながらどこまでも続いていく。無数の街と建築とクルマと人と時代の中を通り過ぎて最後にたどりついたのが、アウシュビッツ収容所。この作品のタイトルは、「復讐の日、世界は灰と化す」。いままでに見て来た街と建築とクルマと人、ほんの一瞬だったはずなのに、暗いガス室の壁に突き当たった瞬間、それらが走馬灯のようにもう一度蘇る。人間を感じ、旅を感じ、温度を感じ、そして最後には戦争が市井の日常のすべてを奪うのだということをも感じる。これが10分00秒に凝縮されているのだ。
他にも、都市生活のひとこまだったり、街が生まれていく姿を無機質な観点から、そして有機的な視点から構成していく作品が続いた。CGバリバリのもあるけれど、実写にこだわって作られたものも多い。
このプログラムには、とても写真的なものを感じた。映画だって、元々は一秒に24コマの写真が動いている。しかも、都市という現実的なテーマを描く手法として、写真も映画も非常に良く使われる。映像を本業とする人ばかりでなく、写真家や建築家が作った作品もあった。
一枚の写真そのものは、動きのない静止画。でも、動き続ける、変わり続けるものの一瞬を現場で撮るということには、映像との共通点がある。
写真で映像的なこと、映像で写真的なことって、きっとできるんじゃないだろうか。こういう創作のスタイルにも、いずれ挑みたいと思った。

夜に見たのは、映像作家マイク・ミルズをフィーチャーしたプログラム。
グラフィックデザイナーを振り出しに、初期のMTVなどでミュージックビデオを作り始め、ドキュメンタリーや短編映画に活躍の舞台を広げている。
歌詞のフレーズを巨大な切り文字にしてアーティストに持たせて公園を走り回らせたり、イラストやパペットを使ったりした作品はデザイナーとしての顔が覗いているし、歌詞からインスピレーションを得て作られた映像はことごとくひとつの物語、短編映画のようになっていて、本来の主役のアーティストさえ霞んでしまいそう。その一方で、労働やティーンエイジャーなどアメリカ社会の抱える問題に切り込んだドキュメンタリーもある。ただ訴えかけてくるだけではない、見る人に響く見せ方や構成があり、それはミュージックビデオに通じるものがある。適切な距離を置いていながらも主人公の人生に肉薄する彼の視線は鋭かった。

連休とかだったら全部見に行ったのだけど、ラインナップを見ているだけでも本当に全作品見たいと思った。今度DVD買おうかな……。


『アラキメンタリ』

20050510-p02.jpgシアターキノへ、kenkさんと久々に行った。『誰も知らない』を僕たち+マナブさんもうふさんで見に行って以来。んー、最近キノへ行く頻度が少ないな。興味のアンテナが反応する作品がなかなかないんだよなぁ。
でも、これは見たいと思っていた。『アラキメンタリ』。読んで字のごとく、アラーキー・荒木経維を追ったドキュメンタリーである。

(つづきは多少のネタバレがあります……)

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『誰も知らない』

いゃぁ、今まで見ていなかったのを後悔したとともに、偶然個展に来てくれた友人たちが「行く」というので一緒に見に行けて本当によかったと思う。去年のシアターキノの上映作品ベスト10の第1位作品ということで、現在アンコール中なのだ。

東京で17年前に実際に起こった母子5人家庭の母親の失踪事件を底本にしたこの映画は、その一家をまとめる長男を演じた演技初経験の少年・柳楽優弥くんがカンヌで最年少かつ日本人俳優初の最優秀男優賞を受賞したのだが、その先入観をリセットして見たところであっても、やっぱり彼の演技はすごいと感じた。
いわば密室劇であり、心理描写に大きなウェイトが置かれた脚本だけに、外見だけでは演じられないものがここにはある。しっかり者の長男が少しずつ”壊れていく”、そして”再生”するために起こす行動。12歳の少年とその兄弟(彼らの親はすべて違う人物なのだ…)にはあまりにも重い現実を自分のものとして受け止めながら、実は柔軟に渡り歩いていく様が、そのシリアスさに比べれば淡々とした映像で続いていく。だからこそ、見る者に対してもこの物語は重くのしかかってくる。

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『アメリカン・スプレンダー』

c5b7c06b.jpgスーパーのレジ待ち、友人の失敗談、自分のシアワセと不幸せ。そんな、街角の(どころか身内の)人の日常を描いて毎年一冊ずつ出版されているコミックがアメリカにあるそうだ。しかも、大ベストセラー。これは、その作者と登場人物たちが実名で登場する(本人も出ている)、まさに”slice of the life”な映画だ。

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『ロスト・イン・トランスレーション』

「自分の居場所」って、なんだろう。その場の雰囲気から浮くような感覚に、しかも異国、しかも東京というとてつもない混沌の中で遭遇したふたりのアメリカ人の物語から、そんなことを思った。

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